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新潟地方裁判所長岡支部 昭和43年(ワ)319号 判決 1969年12月10日

主文

被告両名は各自原告野口久男に対し金二十九万六千円、原告野口敬一に対し金六万四千四百八十円、原告北村幸代子に対し金十二万八千二百二十九円、原告矢沢栄助に対し金十一万千四百五十三円及び右各金額に対する昭和四十三年十二月二十六日から各支払ずみになるまで年五分の割合による金員を支払え。

原告等のその余の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告等の負担とし、その余を被告等の負担とする。

この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。但し被告等が原告野口久男に対し金八万円、その余の原告等に対し各金三万円の担保を供するときは、その者の仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者双方の申立

一  請求の趣旨

被告両名は、各自

原告野口久男に対し金四十四万五千五百六十八円と、

同野口敬一に対し、金十一万八千四百八十円と、

同北村幸代子に対し、金二十二万八千二百二十九円と、

同矢沢栄助に対し、金二十一万千四百五十三円と、

右各金員に対する本訴状送達の日の翌日から支払ずみになるまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行宣言の申立。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

原告ら勝訴の場合の担保を条件とする仮執行免脱宣言の申立。

第二当事者双方の主張

一  請求の原因

(一)  事故の態様

被告東海陸送株式会社(以下被告会社と略称)の従業員被告篠田二郎(以下被告篠田と略称)は、昭和四十三年九月二十九日午後十時ごろ、被告会社保有のマイクロバス(ナンバー三三六五、以下被告バスと略称)を運転し、新潟県柏崎市方面から国道八号線路上を、国鉄長岡駅方面に向けて進行し、長岡市大手通一丁目交差点(以下本件交差点と略称)に差しかゝり、原告野口敬一(以下原告敬一と略称)は、同野口久男(以下原告久男と略称)所有の普通乗用者(以下原告車と略称)に、同北村幸代子(以下原告北村と略称)、同矢沢栄助(以下原告矢沢と略称)を同乗させて、長岡市宮内町方面から国道十七号線路上を新潟市方面に向けて運転進行し、右交差点に差しかゝつたところ、原告敬一は進行方向左側に被告バスを発見したが、自車が先に同交差点に進入し、かつ、自車の進行方向の交通信号が黄色灯火の点滅で、被告バスの進行方向の同信号が赤色灯火の点滅であつたので、同原告は他の交通に注意し、徐行運転をしながら同交差点を進行し、同交差点の中心よりやゝ新潟市方面に進んだ地点に差しかゝつた際、被告バスの前部に自車の左側面を激突させられ、為に、同原告車は大破し、その衝激により原告北村は入院十日間全治不明の頭部顔面打撲ならびに左眼球結膜下出血の、同矢沢は入院二日間全治まで二十日間を要する左肩甲部右背部挫傷、右足部挫創の、同敬一は全治まで一週間を要する頸部挫傷の、各傷害を負つた。

(二)  帰責事由

本件事故の発生原因は、同事故当時の同交差点の信号機が被告篠田の運転する被告バスの進行方向については赤色灯火の点滅を表示していたのであるから、同被告には同交差点の直前において一時停止し、同交差点を横断する他車の通過を待つて進行すべき業務上の注意義務があるのに、同被告はその義務を怠り、同交差点の直前で一時停止をせず、かつ、原告車が同交差点を長岡市宮内町方面から新潟市方面に向けて進行通過中であるのにかゝわらず漫然進行した過失によるものであるから、同被告は民法第七百九条の不法行為者として、被告会社は自動車損害賠償保障法第三条の運行供用者および民法第七百十五条の被告篠田の使用者として、原告らが蒙つた損害を賠償する義務がある。

(三)  損害

本件事故によつて原告らは次の通りの損害を受けた。

(1) 原告久男の損害金四十四万五千五百六十八円。

(内訳)

(イ) 代車購入代金二十五万円

原告車が大破し修理不能になつた為、已むを得ず購入した同事故車と同型の四十年式一三〇型普通乗用車一台の代金。

(ロ) 右代車購入にともなう自動車保険等の諸経費金七万六千五百六十八円。

(ハ) 得べかりし利益の喪失金十一万九千円

同原告は自動車教習所を経営し右事故車を使用して同教習料として一日金七千円の収益を上げていたところ、同車の使用不能により、右代車を購入使用するまでに要した十七日間は同収益を上げることが出来なかつた。

(2) 原告敬一の損害金十一万八千四百八十円

(内訳)

(イ) 新潟県厚生農業協同組合連合会中央綜合病院(以下中央病院と略称)の診療費金七千百五十一円(事故直後の同病院での治療費)

(ロ) 得べかりし利益の喪失金三万円

同原告は原告久男の経営する自動車教習所の教師として一日金二千円の収入を得ていたところ、右受傷の為昭和四十三年九月三十日から十五日間その勤務を休み、その間の収入を得られなかつた。

(ハ) 慰藉料金十万円

同原告は本件事故によつて受けた頸筋挫傷により多大の肉体的苦痛を受け、傷は一応治ゆしたが未だに時節の変り目には同頸筋に疼痛を感ずるものであるところ、同原告の自動車教習所の教員という地位、本件事故の態様、被告らの不誠意等諸般の事実を勘案するとその精神的苦痛を慰藉するには金十万円を相当とする。

(ニ) 同原告は昭和四十四年一月ごろ、被告会社の自動車損害賠償責任保険(以下自賠責保険と略称)により金一万八千六百七十一円の給付を受けた。

(3) 原告北村の損害金二十二万八千二百二十九円

(内訳)

(イ) 中央病院の入、通院治療費金三万八千四百九十五円(入院費二万九千六百四十三円、治療費八千八百五十二円)。

(ロ) 得べかりし利益の喪失金六万円

同原告は新潟県見附市岩九繊維株式会社に工員として勤務し一ケ月金二万円の収入を得ていたところ、右受傷により三ケ月間その勤務を休みその間の収入を得られなかつた。

(ハ) 慰藉料金三十万円

同原告は右の重傷を負い、多大の肉体的苦痛を受け、現在も尚通院加療を続けている状態で、しかもその顔面に傷痕が残り未婚妙齢の女性として堪え難い苦痛を受けているものであるところ、本件事故の態様、被告らの不誠意等諸般の事実を勘案すればその受けた精神的苦痛を慰藉するには金三十万円を相当とする。

(ニ) 同原告は昭和四十四年一月ごろ、被告会社の自賠責保険により、金十七万二百六十四円の給付を受けた。

(4) 原告矢沢の損害金二十一万千四百五十三円

(内訳)

(イ) 中央病院の入、通院治療費金三千四百二円(入院費二千六十三円、治療費千三百三十九円)

(ロ) 得べかりし利益の喪失金五万円

同原告は新潟県見附市土建業合資会社佐藤土建に勤務し、日給二千五百円の収入を得ていたところ、右受傷により二十日間その勤務を休みその間の収入を得られなかつた。

(ハ) 慰藉料金二十万円

同原告は右重傷を受けて多大の肉体的苦痛を受け、傷は一応治ゆしたが未だに時折背中が痛むものであるところ、同原告の右会社の中堅社員という地位、本件事故の態様、被告らの不誠意等諸般の事実を勘案すると、その精神的苦痛を慰藉するには金二十万円を相当とする。

(ニ) 同原告は昭和四十四年一月ごろ、被告会社の自賠責保険により金四万千九百四十九円の給付を受けた。

(四)  よつて、被告両名は各自、

原告久男に対し、金四十四万五千五百六十八円と、

同敬一に対し、金十一万八千四百八十円と、

同北村に対し、金二十二万八千二百二十九円と、

同矢沢に対し、金二十一万千四百五十三円と、

右各金員に対する本訴状送達の日の翌日から支払ずみになるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払えとの判決を求める。

二  請求の原因に対する答弁

(一)  請求原因(一)について

(1) 昭和四十三年九月二十九日午後九時五十五分ごろ、原告ら主張の交差点において被告会社の従業員である被告篠田の運転するマイクロバス(仮登録ナンバー阜三三六五)が原告敬一の運転する自動車に衝突し、双方の自動車が破損、原告車に同乗の二名が負傷した事実、同交差点の信号が被告バスの進路は赤色灯火の点滅、原告車の進路が黄色灯火の点滅であつた事実、および被告バスの運行供用者が被告会社である事実は認める。

(2) 原告車の所有者、同車の破損程度、同車に同乗していた二名の負傷の部位ならびに程度、原告敬一が負傷していた事実はいずれも知らない。

(3) 本件事故発生の状況は争う。

(二)  同(二)について

(1) 被告篠田に一時停止不履行の過失があつたことは認める。

(2) 本件交差点で原告車が徐行した事実、および同交差点に原告車が先入したとの事実は否認する。

(3) 本件事故は被告バスにおいて一時停止を、原告車において徐行を各怠つたことによる出合頭の衝突である。

(三)  同(三)について

原告らが昭和四十四年一月ごろ被告会社の自賠責保険からその主張の各金員の給付を受けた事実は認める。

同損害額についてはいずれも争う。

(1) 原告久男の損害について

(イ)について

原告車は金二十四万五千八百四十円をもつて修理可能であるところ、同修理に伴い、新部品の付加により同車の価格が増加される分を損益相殺として控除すると、同車の本件事故当時の価格は金二十万四千九百五十円となるから、右金額を超える同原告の請求は失当である。

(ロ)について

新たな車の買入れに伴う税金は公法上の義務として同原告が負担すべきもので、交通事故とは相当因果関係がない。

また、同車の自賠責保険料はその保険期間が破損した原告車より約一年長くなつているからその延長された期間相当分の保険料は損益相殺されるべきである。

(ハ)について

右原告の同請求については同請求を裏付ける客観的資料(帳簿、決算書、納税証明書等)がなく人証のみであるから、その立証活動に努力する一般当事者との公平上からも、同請求を証明不充分として棄却するか、仮りに認容するとしてもごく控え目に認定されるべきところ、代車購入に要した期間は同原告本人尋問の結果からするも十五日間であるが、その間には少なくとも二日間の休日があるから、結局その期間はせいぜいで十三日間である。

右の外、同原告は原告敬一の休業により同原告に対する一日金二千円の割合による給与の支払を免れているから、その分の金額につき更に損益相殺されるべきである。

(2) 同敬一の損害について

(ロ)について

同請求についても原告久男の場合と同様、客観的資料の裏付がないから右と同様に判断されるべきものであるところ、その休業期間もせいぜい一週間程度である。

(ハ)について

近時交通事故による損害賠償請求訴訟の増大に伴い、慰藉料の額は定型化されつゝあるが、それによれば、傷害の場合、入院一ケ月当り金十万円、通院一ケ月当り隔日通院程度で金五万円、それより通院頻度が少ない場合はそれ以下、というのがほゞ確立された算定基準(ジユリスト四三一号、二四六頁、二六二頁、二七〇頁参照)であるところ、同原告は事故当日、同年十月十日、同月十四日の計三回の通院治療のみで、診断書の記載も全治まで一週間とあるから、同基準に照らせば、同原告に過失がなかつたとしても、その慰藉料は金一万円程度を相当とする。

(3) 同北村の損害について

(ロ)について

同請求については岩九繊維工業株式会社メリヤス縫製下請業責任者の証明書(甲第十八号証)が提出されているが、その内容、体裁からして客観的資料とは認められず、殊に、同原告が警察官に対して自己の職業を家事手伝と述べていることからすると、事故当時その主張の職業についていたか否か、疑わしい。

(ハ)について

同原告は昭和四十三年九月二十九日から同年十月五日まで七日間入院、以後同年十一年六日までに通院五回をした。

同原告は後遺症を云々するが、医学的な裏付がない。更に、同原告は未婚の女性云々と主張するが同原告は昭和四十四年一月に結婚したので、その主張は解消した。

以上の事実を前記基準に照らせば、その慰藉料は金四ないし五万円を相当とする。

(4) 同矢沢の損害について

(ロ)について

同原告は昭和四十三年九月三十日から同年十月十九日まで二十日間佐藤土建を休んだと主張するが、同原告はその本人尋問の際、自分は田植えと稲刈りの時には各一ケ月位宛佐藤土建を休むが本件事故当時も九月下旬ないし十月上旬から一ケ月位稲刈りにかかつたと述べているのであるから、同原告が右主張の期間佐藤土建を休んだのは、本件事故の為ではなく、自家の稲刈の為である。

(ハ)について

同原告は昭和四十三年九月二十九日、同年十月三日、同月十七日の計三回通院治療を受けたものであるから前記基準に照らせば慰藉料は金一万円程度を相当とする。

三  抗弁

(一)  過失相殺の主張

(1) 本件事故現場は、ほゞ東西に通ずる国鉄長岡駅前の通りと、南北に通ずる国道十七号線が直角に交わる交差点で、同道路の車道有効幅員は東西路が二十四米、南北路が十六米であるが同交差点の四すみは広く角切りがなされており、この為交差点全体は八角形をなしており、各道路が交差点に接する部分にはいずれも横断歩道があるところ、同交差点には信号機が設置されていて、事故当時は南北路面において黄色灯火の点滅、東西路面において赤色灯火の点滅信号が点灯していた。

(2) 被告篠田は、岐阜県から秋田県迄被告会社が陸送を委託された被告バスを運転し、東西路の西方から本件交差点に向つて時速約四十粁で接近していつた。同被告は、本来同交差点を左折して南北路を北方へ進む予定であつたが、偶々当時咽の渇きを覚えたゝめ東西路を直進し、その突きあたりにある長岡駅において牛乳でも飲もうと考えた。

しかし、被告車には他にもう一台被告会社の従業員が陸送中のマイクロバスが後続していたゝめ、もし後続車が被告バスの直進を見のがすと本件交差点を左折して行つてしまう虞れがあるため、被告篠田は、交差点の手前でブレーキをかけ、時速約十五粁の速度にまで減速し、バツクミラーで後続車が自車の行動を確認できるか否かを確かめたところ後続車が被告バス後方のそれ程速くない距離を走行しているのをバツクミラーで確認し得たので、同被告は東西路を直進すべくギヤーをサードに入れ自車を発進させた。この時、被告バスの対向車線を西方へ通り過ぎていつた二台のタクシーの陰から、原告車が右から左へ自車の進路を横断しようとしているのを約八米位の距離に発見、直ちに急ブレーキをかけると共にハンドルを左へ切つたが、被告バスの右前部が原告車の左側面に衝突してしまつた。

(3) 一方、原告敬一は、原告車に原告北村、同矢沢、訴外若杉昭三を同乗させ、南北路を時速約四十粁で北進中、本件交差点へ南の方から接近して来た。

同原告は、交差点の信号が黄色灯火の点滅であつたため、時速約三十粁に減速したのみで交差点を通過しようとしたがその際同原告は、同交差点の左方(西方)から被告バスが交差点に接近しつゝあるのを発見した。しかし同方向の信号が赤色灯火の点滅であつたので当然被告バスが停止するものと考え、警見したのみで、右方へ眼を移し、交差点右方に他の自動車が一時停止しているのを確認し、そのまゝ自車を前進させ、交差点北側にある横断歩道の歩行者に注目しつゝ進行したところ、同交差点の中央部を通過した直後、左方から被告バスが接近して来るのを約二米の至近距離において発見し、咄嗟にハンドルを右に切つたが間に合わず、前記のような状態で衝突してしまつたものである。

(4) 右のごとく原告敬一が被告バスを最初に発見したのは原告車が交差点南側の横断歩道付近であり、ついで被告バスを見たのは、原、被告車が二米の至近距離に迫つた時というのであるがその間の距離は、実況見分調書(甲第十二号証)添付の見取図から推測すると、約三十米であつて、原告車の速度を時速約三十粁であるとすると、所要時間は約三・六秒であるからこれだけの距離と時間があれば、通常の運転者とすれば被告バスの動静に注意を払うことは充分可能であつた筈であるし、原告車と被告バスの速度の差異からすると、原告車が交差点南側の横断歩道付近にあつた時、被告バスも交差点西側の横断歩道付近にあつたのではないかと推認される。

そうだとすると、原告敬一が最初に見た時の被告バスは、前記のように後方確認のため時速約十五粁程度に減速進行中の状態にあつた筈である。

そして、原告敬一は、右の状態の被告バスを見て同車が信号のため一時停止しつゝあると判断し、その結果以後約三十米走行する迄その動静を注意しなかつたものであるが、交差点における黄色灯火の点滅信号は、青信号とは異なりこれに対面する自動車に対し絶対的な優先通行権を与えたものではなく、いやしくも交差点内で他の車両等との接触、衝突等事故の発生する虞れがある場合には、交差点内において徐行するなどして極力事故を回避すべく、充分に注意すべき義務が負わせられており、原告敬一が被告バスの一時停止を確認するなど被告バスとの事故発生の危険性がないことを充分確認していない以上、前記注意義務を尽したとは到底認められないのである(東京高裁43・4・9ジユリスト四一二号七頁参照)。

なお、原告敬一は、被告バスが赤色灯火の点滅信号で一時停止するものと信じた旨、所謂信頼の原則らしき口吻をもらしているが前記のように同原告において、黄色灯火の点滅信号の際に要求される注意義務を尽していないのであるから、信頼の原則を適用すべき場合でないことは明らかである(原告車の対面信号が青信号であれば右原則適用の余地はあり得るけれども)。

(5) また、本件交差点のような広い交差点を通過するには先ず右方道路に注目し、自車の進路により近い右方からの車両の有無を確認したうえ、左方道路の車両の有無を確かめるのが運転者としての常識なのである。

しかるに、同原告は自車により遠い、左方からの車両である被告バスを見、しかる後自車により近い右方からの車両の有無を確認しているのである。仮に同原告が先ず右方に注目し、その後左方を見たとすれば、被告バスが一時停止をせず、原告車の進路に進出しつゝあることを容易に、より早く発見し得た筈である。そして、本件事故の発生を見ずにすんだ可能性は極めて大きいものと思われるのである。

つまり、より遠い被告バスをさきに見てその時には危険を感ぜず、以後注意力を他の方向に向けてしまつたゝめ、左方の危険標識に関して前記通常の運転方法をとつた場合には起らない空白を生じてしまい、この結果、原告車と被告バスが僅か二米の至近距離に至る迄被告バスの接近に気付かなかつたものと考えられる。

原告敬一は、自動車教習所の教師として人に自動車の運転技術は勿論、安全運転上必要な知識を教える立場でありながら前記のような基本的な誤りを犯したもので、この点は大いに非難されてしかるべきである。

(6) 以上を総合すると、本件事故の発生については、被告篠田に六十%、原告敬一に四十%程度の責任があるものと解せられる。

また、原告久男は原告敬一の父親として身分上一体の関係にあるから、原告敬一の過失を所謂被害者側の過失として原告久男の損害を定めるについても斟酌されるべきである。

よつて、右原告二名の損害額については四十%程度の過失相殺がなされるべきである。

(二)  相殺の主張

(1) 被告会社は本件事故による被告バスの破損により左記合計金二十九万千三百二十円を支払い、同額の損害を受けた。

(イ) 長岡市における応急修理費金八千五百二十円

(ロ) 各務原市における修理費金二十八万二千八百円

(2) 原告敬一に過失が認められる場合には、原告久男は原告敬一の使用者であるから、原告敬一の過失により生じた被告会社の右損害のうち、被告篠田の過失に起因する部分を除いた残額について当然、被告会社が原告敬一、同久男に対して、その賠償を求め得るものであり、本件事故の責任割合を原告敬一四、被告篠田六、とすれば、被告会社は右損害金のうちの四十%を右原告二名に請求し得る訳であるから、同債権を自働債権として、原告久男の被告会社に対する債権と対当額で相殺する。

(3) 右相殺の結果、原告久男の債権がすべて消滅し、被告会社の自働債権に残余が生じた場合には同残余債権をもつて原告敬一の債権と対当額をもつて相殺する。

(4) 民法第五百九条は債務が不法行為によつて生じた場合その債務者は相殺をもつて対抗し得ない旨規定しているが、同規定は不法行為者に対して制裁を加えると共に被害者を救済し、同時に債権者が自力救済的に債務者に対して不法行為を行うのを防止する趣旨に基くものであるから、被害者自らが不法行為による損害賠償債権を自働債権として相殺することは何等差支えなく(最判昭和四二・一一・三〇判民集二一巻二四七七頁、判例時報五〇九号三〇頁参照)、かつ近時自動車による交通事故の激増とこれに伴う損害賠償請求訴訟の増加を背景として衝突事故により双方の不法行為が成立し、互に相手方に対して損害賠償債権が成立するときに限り、相殺禁止を緩和してもよいのではないかとの学説判例(加藤一郎法律学全集「不法行為」二五五頁東京地裁昭和四〇・七・二〇判決下民集一六巻一二六一頁、横浜地裁同四一・一一・一〇判決判例タイムズ二〇二号一四三頁東京地裁同四三・三・三〇判決判例タイムズ二一九号一一三頁参照)も現われたが、これは双方に不法行為が成立するときはその保護の必要性は同等であり、民法第五百九条の立法趣旨の現実の履行確保ということは必ずしも実益がなく、更に、不法行為誘発防止の観点からも同一事故による場合には何等弊害を生ずる余地はないとの論拠に基くもの(田口邦雄「民法五百九条の適用」判例タイムズ二一二号八四頁参照)であるところ、被告会社も同論拠によりかつ、本件相殺を認容することが訴訟経済にも合致するとの見解のもとに右抗弁の採用を切望する。

四  抗弁に対する原告等の答弁

(一)  過失相殺の主張につき

原告敬一に過失ありとの主張は否認する。

即ち、

原告敬一は国道十七号線路上を宮内方面から新潟方面に向け時速四十粁位の速度で進行して来たところ、本件交差点の同原告の進路の黄色灯火の点滅信号を見て、同交差点に入る地点でその速度を三十粁位に落し、左右を確認したところ左方から進行して来る被告バスが見えたが同バスの進路の信号が赤色灯火の点滅であつたから、同バスは当然一時停止するものと考え、そのまゝ進行したところ、同バスが一時停止をせずにそのまゝ同交差点に入つた為に本件事故が発生したもので、右原告には道路交通法その他の法規に照し何等過失がない(この事実は同原告が何等の刑事処分をも受けていない事実からも明らかである)。

(二)  相殺の主張につき

同相殺の主張は許されない。

即ち、

同主張は、本件事故が前記の通り被告篠田の一方的な過失に基くものであるから、民法第五百九条に牴触し、その主張自体許されない(我妻栄債権総論三三一頁最高裁昭和三二・四・三〇判決例集一一巻六四六頁参照)。

また、近時少数説として被告主張の如き見解を示すものもあるが、同見解は民法第五百九条の明文に反し、かつ、不法行為の被害者に現実の弁済による損害の填補を受けさせるとの同法の趣旨を没却するから、同見解は到底採用し得ない。

第三証拠〔略〕

理由

昭和四十三年九月二十九日午後九時五十分頃、新潟県長岡市大手通一丁目交差点(本件交差点)に於て、被告会社の従業員である被告篠田の運転するマイクロバス(被告バス)が原告敬一の運転する自動車(原告車)に衝突し、その結果双方の自動車が破損し、原告車に同乗して居た原告北村及び同矢沢の両名が負傷した事実、当時本件交差点の信号が被告バスの進路の赤色灯火の点滅で、原告車の進路が黄色灯火の点滅であつたから被告篠田に一時停止不履行の過失があつた事実及び被告バスの運行供用者が被告会社である事実は、いずれも各当事者間に争いがない。

〔証拠略〕を綜合すると、原告敬一は昭和四十三年九月二十九日午後九時五十分頃、原告久男所有の原告車の助手席に原告北村を、後部座席の左側に原告矢沢をその右側に訴外若杉昭三を同乗させ、長岡市宮内町から見附市に向け時速約四十粁で北進し、本件交差点に差しかかつたところ、信号が黄色灯火の点滅であつたので、速度を時速約三十粁に減速し左右の交通安全を確認して交差点に進入したものであるが、被告篠田は、その頃被告バスを運転して東進し本件交差点に差しかかつたものであるが、進行方向の信号が赤色灯火の点滅であつたから、同交差点の直前で一旦停止して左右の安全を確認して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、速度を時速約三十粁に減速したのみで本件交差点に進入した過失に因り、被告バスの右側前部を原告車の左側前部に衝突させた結果、原告車を破損した外、原告車を運転して居た原告敬一に対し加療約一週間を要する頸筋挫傷を、同乗者の原告北村に対し入院加療約十日間を要する頭部顔面打撲傷並びに左眼球結膜下出血の傷害を、原告矢沢に対し加療約十日間を要する左肩甲部、右背部挫傷右足部挫創の傷害を負わしめた事実が認められる。〔証拠略〕のうち前記認定に牴触する部分はいずれも採用しない。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そこで右認定事実に基き本件事故の発生につき原告敬一にも過失があつたか否かについて検討するに、原告車の進路の信号は黄色灯火の点滅であり、被告バスの進路の信号が赤色灯火の点滅であつたのであるから、原告敬一が時速三十粁に減速して本件交差点に進入したところ、被告篠田が一時停止をしないで時速約三十粁で本件交差点に進入したので、被告バスを原告車の左側面に衝突するに至らしめたものであるから、結局被告篠田の一方的過失によるものであつて、原告敬一にも過失ありとする被告等の主張は採用しない。それ故、被告篠田は自己の過失に基く不法行為責任として、被告会社は使用者責任として、それぞれ本件事故により原告等に対し加えた損害を賠償すべき義務を免かれることができない。

よつて進んで損害額について検討するに、

一  原告久男の損害

(イ)  原告車の大破に因る損害

〔証拠略〕を綜合すれば、本件事故に因り大破した原告車の直接の損害が金二十万三千円であることが認められる。この認定に牴触する原告野口久男本人尋問の結果の一部は採用しない。

(ロ)  得べかりし利益

〔証拠略〕によれば、原告久男は自動車教習所を経営し、自己及び原告敬一が教師として指導に当り、原告車を使用し一日平均金七千円の収益をあげて居たところ、本件事故に因り事故の翌日から代車を購入使用するまで十七日間同収益をあげることができなかつた事実及び原告久男は原告敬一に対し一日金二千円の給料を支払つて居たところ、原告敬一が本件事故に因り負傷して十三日間休業したのでその間原告敬一に給料を支払わなかつた事実が認められるので、十七日間の損害金十一万九千円から原告敬一に支払わなかつた十三日間の給料金二万六千円を差引いた金九万三千円が原告久男の得べかりし収益を失つたことになり、結局(イ)(ロ)の合計金二十九万六千円が本件不法行為につき被つた損害というべきである。

(ハ)  原告久男は、以上の外に代車購入に伴う自動車保険等の諸経費として金七万六千五百六十八円を請求しているけれども、これらは本件不法行為に基くものと認め難い。

二  原告敬一の損害

(イ)  医療費

〔証拠略〕を綜合すると、原告敬一は本件事故に因り負傷したため医療費として金七千百五十一円を支出した事実が認められる。

(ロ)  得べかりし利益

〔証拠略〕によれば、原告敬一は原告久男の経営する自動車教習所に勤め、一日金二千円の給料を得て居たところ、原告敬一は本件事故に因り負傷したため十三日間休んだので、その間の給与金二万六千円を受けることができなかつた事実が認められる。

(ハ)  慰藉料

原告敬一が本件事故に因つて精神上相当の苦痛を受けたことは前認定の事実によつて明らかなところ、その他原告敬一の年令、社会的地位、負傷の程度、収入の点等本件に現われた諸般の事情を斟酌すると、原告敬一の精神的苦痛は金五万円をもつて慰藉されるのが相当と思料する。

(ニ)  原告敬一が本件事故に因り被つた財産上精神上の損害は、以上の通りであるところ、同原告は昭和四十四年一月頃、自動車損害賠償保障法に基く保険金として金一万八千六百七十一円の給付を受けたというのであるから、この金額を前記損害額から控除するのが相当であるので、原告敬一が本件不法行為に因り受けた損害は結局金六万四千四百八十円である。

三  原告北村の損害

(イ)  医療費

〔証拠略〕を綜合すると、原告北村は本件事故に因り負傷したため医療費として金三万八千四百九十三円を支出した事実が認められる。

(ロ)  得べかりし利益

〔証拠略〕を綜合すると、原告北村は訴外岩九繊維工業株式会社に縫製工として勤めて一ケ月金二万円の給与を受けていたところ、本件事故に因り負傷したため三ケ月間休んだので、その間の給与金六万円を受けることができなかつた事実が認められる。

(ハ)  慰藉料

原告北村が本件事故に因つて精神上甚大な苦痛を被つたことは前認定の事実によつて明らかなところである。その他の原告北村の年令、社会的地位、負傷の部位程度、収入の点等本件に現われた諸般の事情を斟酌すれば、原告北村の精神的苦痛は金二十万円をもつて慰藉されるのが相当であると思料する。

(ニ)  原告北村が本件事故に因り被つた財産上精神上の損害は以上の通りであるところ、同原告は昭和四十四年一月頃自動車損害賠償保障法に基く保険金として金十七万二百六十四円の給付を受けたというのであるから、この金額を前記損害額から控除すべきであるから、原告北村が本件不法行為に因り被つた損害は結局金十二万八千二百二十九円である。

四  原告矢沢の損害

(イ)  医療費

〔証拠略〕を綜合すると、原告矢沢は本件事故に因り負傷したため医療費として金三千四百二円を支出した事実が認められる。

(ロ)  得べかりし利益

〔証拠略〕を綜合すると、原告矢沢は訴外合資会社佐藤土建に人夫頭として雇われ、一日金二千五百円の給与を受けていたところ、本件事故に因り負傷したため二十日間休んだので、その間の給与金五万円を受けることができなかつた事実が認められる。

(ハ)  慰藉料

原告矢沢が本件事故に因つて精神上相当な苦痛を被つたことは前認定の事実によつて明らかなところである。その他原告矢沢の年令、社会的地位、負傷の程度、収入の点等本件に現われた諸般の事情を斟酌すれば、原告矢沢の精神的苦痛は金十万円をもつて慰藉されるのが相当であると思料する。

(ニ)  原告矢沢が本件事故に因り被つた財産上精神上の損害は、以上の通りであるところ、同原告は昭和四十四年一月頃、自動車損害賠償保障法に基く保険金として金四万千九百四十九円の給付を受けたというのであるから、この金額を前記損害額から控除すべきであるから、原告矢沢が本件不法行為に因り被つた損害は結局金十一万千四百五十三円である。

なお被告等は、本件事故は原告敬一にも運転上の過失があつて、その割合は原告側が四であり被告側六であるから、過失相殺を主張するというけれども、原告敬一に過失を認め得ないこと前段認定の通りであるので、被告等の右主張は採用しない。

以上の通り、被告両名は各自、原告久男に対し金二十九万六千円と、原告敬一に対し金六万四千四百八十円と、原告北村に対し金十二万八千二百二十九円と、原告矢沢に対し金十一万千四百五十三円と右各金員に対する本件訴状送達の翌日であることの記録上明白な昭和四十三年十二月二十六日から、それぞれ支払ずみになるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

そこで原告等の本訴請求を右の限度において正当として認容するが、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条を、仮執行の宣言及びその免脱につき同法第百九十六条を各適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 坪谷雄平)

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